見上げた首の痛さ

世の中にはいろんな人が居ます。もちろん私もその一人。ただ、絶対的にステージが違うなぁと感じることも。まぁ逆立ちしても敵わないってことよ。これって(笑)

日々の鍛錬を求め、正しい道を示唆してくれる師を求めてさまよう子羊達。迷った挙句、オウム真理教みたいな殺人教団へはまってしまう人もいる。でもそんな人達でも最初は「師」を求めてたんだわ。きっと。ピュアな気持ちで。途中からヘンになったけど。

日々の掃除や仕事や人間関係も修行というなら、毎日、撃込みの通勤電車に揺られ家族のために辛い仕事をしているサラリーマンはもうすでに聖人君子。

そんな雑多な日々の中でも、鍛錬したい向上したいと気持ちを温めている人が居る。その人達を狙っているハイエナも居るけど。

みんな自分の霊格をアップさせるためには、何か特別な事をしないといけないと思っていると思う。私もそう思う。非日常の世界で、精神を研ぎ澄まし、自分と対峙したい。

すぐに何かを見つけられなくても、その修行を通して自分を見つめたい。だから続けたい。続けるならせっかくなので、正しい道で歩み、吸収したいと願っているに違いない。

そこに信仰という進むべき道を、自分と同じステージから駆け上がったヤツが居るとマネしやすいのではないかとも考える。それが私ならいいなぁと思い、僧侶になって山にも上ってるし、滝にも入ってる。皆がやりたいことを先に経験してるだけ。

実際、私がいろんな道を模索した経験の中で得た結果は…信仰や宗教は基本「待つ」という体制なので、積極的にこちらに手を差し伸べ、知識を与えてはくれない。

こちらから歩み寄ってもなかなか入りずらい事も確かだし。

そんな時、営業能力に長けた、壺を売る集団に眼をつけられたら(笑)たまっもんではない。今のこの時代、そんなアホなとお思いだろう。しかし、実際すんごいだから。

私は占いを通して、宿命を知り、運命を翻弄し、使命に生きる気づきが「五行説」から見つけられないかと、この仕事に就いた。

そうして、五行説の始まりも、日本の古事記も最初は宇宙の成り立ちから始まり、人は神や仏と切っても切れない存在だと。(けっこう端折ったな笑)

なので僧侶になったんだけど。ステージを上がるためにはいろんな努力がいるわな。地べたを這いつくばって、上を見上げる時の首の痛みを知っている私は、上がったら下を見ない。背中を見せて前へ進む。

けど、忘れてはいけない。下から見上げた景色を。

こうして、blogやSNS、YouTubeで私を観て、私を知り、私に会いに来てくれた方には、大切にお話しよう。私が同じように這いつくばってたことを。

 

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